「モデルとなった女性は自宅前で殺害されてしまいました」──『母の聖戦』特別授業で明かされた衝撃の事実に生徒も唖然

メキシコ誘拐ビジネスの実態を考える『母の聖戦』特別授業

メキシコ誘拐ビジネスの実態を背景に、子どもを誘拐犯から取り戻す母親の愛と執念を描く『母の聖戦』が、2023年1月20日(金) ロードショー公開。このたび、テオドラ・アナ・ミハイ監督と、メキシコの行方不明者問題や麻薬カルテルに詳しい非 常勤講師・山本昭代と都立西高の生徒の特別授業が開催されました。

この日は、およそ20名の生徒と20名の保護者が来場。

 

まずはひとりの男子生徒が「普段、自分が暮らしている日本とメキシコには大きな違いがあるなと思ってショッキングでもあったんですが、そもそもどうしてメキシコの環境に興味を持ってこの題材を描こうと思 ったんですか?」と質問。するとミハイ監督は次のように答えます。

 

「わたしは10代の時にアメリカに留学したんですが、カリフォルニアにはラテン系の人たちが多く住んでいて。メキシコ人の友だちも多くいたので、メキシコに行く機会もありました。当時のメキシコはセキュリティもしっかりしていて、安心して旅行ができるところだったんですが、2012年にメキシコに行った時には、外に出かけてもいいけど危険だから夜7時までには戻ってきてと言われて、市民の日常が変わってしまったことを知りました」

 

さらに映画についてリサーチをする中で、娘を誘拐されたとある女性に出会ったといいます。

 

「その女性は取材で印象的な言葉を残していたんです。『毎朝、目覚めたときに人を殺すか、自殺をするか考えてしまう』と。その女性は殺し屋とか危険な職業についているわけではない、ごく普通のお母さんがいったいどうしてそう考えてしまうに至ったのかと衝撃を受け、母親の視点で描こうと決めたんです」

 

 ミハイ監督は最初、ドキュメンタリー映画にするつもりだったといいます。

 

「しかし2週間撮影したところで中断せざるを得なかった。撮影隊4人にそれぞれ護衛をつけなくてはならないほど危険だったからです。しかもモデルになった女性を、ドキュメンタリーを撮ることで危険にさらしてはいけない。そこでフィクションの劇映画を作ることにしたんです」

 

つづいてだがミハイ監督が「ただ、そのモデルの女性はその後、自宅前でカルテルによって銃撃され殺されてしまいました」と厳しい現実を突きつけると、会場内は思わず言葉を失ってしまいました。

 

そんな中、ひとりの生徒が「そういう状況なのは、国の経済力の弱さがあるのかなと思ったのですが」と指摘すると、「国の力とか、政治に注目した質問というのは面白いですね。いい視点だと思います」とミハイ監督は笑顔を見せます。

 

「ただこれは非常に複雑な要素がからみあっています。メキシコでも都市部では非常に発達したエリアがたくさんあります。ただ地方に目をやるとまだまだ貧しい共同体があります。カルテルはそうした部分につけ込むわけです。つまり彼らからの仕事によって、貧しい人たちは生き延びられるということ。このカルテルの影響力を消すためには、本来は国のインフラとか教育といったところをきちんと改善していかなればならないわけですが、ものごとはそう単純にもいかないのです」

 

さらにミハイ監督は次のようにメキシコの現状を話します。

 

「この映画の取材のために、メキシコの若者たちに、将来は何になりたい?と聞いたんです。すると麻薬密売人、もしくはその恋人になりたいという答えが返ってきて。わたしはショックを受けましたね。若者がカルテルに入るということは人生が短くなるということ。だいたい5、6年で刑務所に入るか、殺されてしまうという運命をたどりますが、それでも若者たちはお金をたくさん与えてくれるカルテルに惹かれてしまうわけです」

 

生徒からは「その現状を変えるためには革命しかないんでしょうか?どんなことが必要?」という声が。するとミハイ監督はつぎのようにかたります。

 

「これも興味深い質問ですね。わたしは映画作家なので、これに対して明確な答えは出せないんですが、確かに革命というのもひとつの答えかもしれ ません。ただこの映画はフェミニスト的な視点で女性を描いたわけですが、これは男性にも関わる問題でもあるわけです。この作品は5月にメキシコでも公開されて、誘拐の問題にも関心が寄せられるようにはなりました。ですが、反響はあったんですが、残念ながら社会に変化が起きたわけではなかった。ただ、この映画のように石を投げ続けること、議論を続けることが大事じゃないかと思っています。それによって、政治家たちの優先事項が変わって、こうした問題に真剣に取り組むようになっていくのではないかと期待しています」

 

「高校生がアクションを起こすために必要な物はありますか?」という問いかけには、ミハイ監督は次のように答えました。

 

「やはり10代の時期にはいろいろなことを学んで共感力を培うこと、他の人に感情移入できるような人間になることが大事だと思います。その助けになるのが芸術、アートなわけです。映画というのはその芸術の中の一部でしかないですが、映画というのは皆さんにとって鏡のようなものだと思います。そこに映るのはさまざまな世界の状況、人間の条件、それは国や文化を超えて、人間が普遍的に覚える感情や、人間の問題。そういったものを鏡として示すことができるのが映画だと思うんです。だからこの映画を観て、自分に何ができるんだろうと思う時点で、皆さんは世界市民への一歩を踏み出しているんだと思います。グローバリゼーションというのは、自分の国で起こったことが他の地域にも影響を及ぼすということ。個人でできる変革はとても小さなものですが、例え小さくても、社会を良くするんだという気持ちを心がけていれば、ひいては全体に影響するんじゃないかと願っています」

 

ミハイ監督の退出後は、慶応義塾大学非常勤講師の山本昭代によるメキシコの現状を説明する講義が。メキシコにおける誘拐ビジネスの現状、それが成り立つ条件、実は女性や子どもよりも、金銭のやりとりが直接できる成人男性の方が誘拐される割合が多いといった意外なデータや、犯罪組織との癒着を指摘される警察組織の現状など、本作の背景となる基礎知識について詳しく解説しました。

 

[開催概要]

【日時】 12 月 6 日(火) 18:00〜

【場所】 都立西高等学校(杉並区宮前 4-21-32)

【出席者】 テオドラ・アナ・ミハイ監督(※オンライン参加)、山本昭代(慶應義塾大学非常勤講師)

【参加者】 都立西高等学校 生徒・父兄

【司会進行】 篠田健一郎(都立西高等学校 指導教諭) 

軍と協力。そこで目の当たりにした、犯罪組織の実態

テオドラ・アナ・ ミハイ監督の劇映画デビューとなった本作は、現代ヨーロッパを代表する名匠のダルデンヌ兄弟、『4ヶ月、3週と2日』でカンヌ映画祭パルムドールに輝いたクリスティアン・ムンジウ、『或る終焉』で知られるメキシコの俊英ミシェル・フランコがプロデューサーとして参加しています。

 

メキシコ北部の町で暮らすシングルマザー、シエロのひとり娘である十代の少女ラウラが犯罪組織に誘拐。要求に従い20万ペソの身代金を支払っても、ラウラは帰ってこない。警察に相談しても相手にしてもらえないシエロは、自力で娘を取り戻すことを胸に誓い、犯罪組織の調査に乗り出します。

 

その最中、軍のパトロール部隊を率いるラマルケ中尉と協力関係を結び、組織に関する情報を提供したシエロは、誘拐ビジネスの闇の血生臭い実態を目の当たりにします。人生観が一変するほどのおぞましい経験に打ち震えながらも、行方知れずの最愛の娘を捜し続けるシエロは、いかなる真実をたぐり寄せるのでしょうか......?

 

『母の聖戦』は、2023年1月20日(金) よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMAほかにて全国ロードショー。

[作品情報]

「母の聖戦」

監督:テオドラ・アナ・ミハイ 

製作:ハンス・エヴァラエル 

共同製作:ダルデンヌ兄弟、クリスティアン・ムンジウ、ミシェル・フランコ 

出演:アルセリア・ラミレス、アルバロ・ゲレロ、アジェレン・ムソ、ホルヘ・A・ヒメネス

2021年/ベルギー・ルーマニア・メキシコ合作/135 分/カラー/スペイン語/5.1ch デジタル/ビスタサイズ

字幕翻訳:渡部美貴 映倫 G 

配給:ハーク 

配給協力:FLICKK 

宣伝:ポイント・セット 

https:// www.hark3.com/haha

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