前川國男・水之江忠臣へのリスペクトにあふれる──神奈川県立図書館本館

神奈川県立図書館新しい本館オープン

前川國男が設計した従来の神奈川県立図書館の旧本館(現・前川國男館)の改修工事・リニューアルに先駆け、2022年9月1日、隣接した新たな場所に神奈川県立図書館の新しい本館がオープンしました。ネット全盛時代における本の役割、名建築の次世代への継承、コロナ禍におけるアートなど、考えさせられる要素が多くみられましたのでここにご紹介します。

開かれた図書館から、図書館の王道2.0へ

「公立図書館は全世界的に見て、単に無料で本が借りられる場所から、コミュニティスペースへと変革しています」

 

2002年まで青山ブックセンターに務めた経歴を生かし現在はブックディレクターとして図書館や病院、学校、ホテル、オフィスなど様々な場所のライブラリー設計を担当、最近では早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)や札幌市図書・情報館の立ち上げなどにも携わり、今回のプロジェクトを監修した有限会社BACH代表・幅允孝さんは語ります。

ただ一方で、「県立」図書館には、そうした“外に開かれた”側面だけでなく、「王道」としての役割も大きいと力説します。グーグルのアーカイヴのように無料でデジタルデータとして整理蓄積していくのではなく、また単に古書として保管していくのでもない。「たくさんの中から一冊がちゃんと届くものでありたい。それを次世代に伝える」側面が必要だというのです。

 

「責任の所在をはっきりさせるなど、本でなければ伝えられないことがあるはず」

 

情報が過多で選別もままならない中、刺激に翻弄される現代人にとって、「読むこと」に集中できる環境を作りたい──そんな想いが、単に“キレイな建物”である以前に、「何だか居心地が良くて、気づけば読書に没入していた」という環境作りに駆り立てたのだと言います。

歴史を承継しつつ、新建物に対してゼロから組むインテリア

そのための家具設計をとりまとめたのは、E&Yの松澤剛さん。

 

司書の考える用途と来館者目線に応えるべく、スタイルブック的に既存の家具から選ぶのではなく、造作家具については司書と相談・改良しながら製作。テーブルやチェアなどは、デザイナー2人を起用していちから組み上げています。

「ロンドンのテート・モダンのためにジャスパー・モリソンがデザインした家具のように、ゼロから作るべきだと考えたのです」

 

一方で重視されたのが、従来の県立図書館本館をてがけた前川國男の建築、水之江忠臣デザインの天童木工製チェアという流れでした。

 

「E&Yもメーカーですが、70年前の言語と同じ韻を踏む必要があると考え、天童木工さんにも協働を依頼したところ、快諾いただきました」

天童木工の二次曲面の成形合板技術を生かしたチェア

ジャスパー・モリソンオフィス勤務を経て、現在、良品計画企画デザイン室長も務めるSousuke Nakabo Design Officeの中坊壮介さんが手掛けたのは、まずメインステージである1階から3階の閲覧スペースを占めるテーブルとチェア。連結できるテーブルは端の角が落とされ、チェアも天童木工らしい二次曲面の成形合板と丸脚で、優しくしかし耐久性にも配慮されています。

「ダイニングなどもそうですが、家具は目的に沿って設計します。読書のためにはしっかり体を支える必要がありますが、それだけではガチガチになってしまいます。軽やかさもほしいと考えました」

 

また、前川、水之江、天童の歴史にも配慮されています。

 

「成形合板の特徴を生かしつつ、現代的な価値を加えたかったんです」

 

前川建築で用いられたチェアS-0507NA-NT by Tadaomi Mizunoeもいまだ販売中。天童木工は、今回製造に携わった家具がまた歴史の1ページに加えられたことに喜びを語っていました。

 

そのほか中坊さんは、読書に疲れたらちょっとひと息つくのにぴったりな3階テラスのスツールやテーブルもてがけています。

見た目からリラックスできるラウンジチェア

もうひとりのデザイナー、KOICHI FUTATSUMATA STUDIOの二俣公一さんは、以前天童木工の80周年記念プロダクトSANDチェアを手掛けたこともあり、今回のプロジェクト参加も感慨深げ。空間デザイナーでもありますが、ラウンジチェアとローテーブルのプロダクト製作に専念しました。

 

「ラウンジチェアというお題に対しては、読書でリラックスでき、集中できる時間となるよう考えました。1本の後ろ足は、座る前から見た目でリラックスできるよう、椅子自体が床に寝そべっているイメージとし、人をしっかり受け止めるデザインとして、すべて幅100mmの無垢材で構成しています」

これに合わせるようにデザインされた、どちらを正面にしても自然なサイドテーブルやローテーブルも、同じ幅100mmの部材で構成。空間デザイナーとしての見立てもあって3階のザ・リーディングラウンジは「自発的に本に向かう場所」となるよう意識して設計され、調べ物を超えたリラックス空間を演出、カーペットの毛足も長めなものが敷かれています。

「文字の中に格子を隠し、しかし文字を大切にする」

ロゴマークのデザインは、木住野彰悟さん。前川國男建築のアイコンである有孔レンガブロック(ホローブリック)が随所に表現される一方で、情報を必要としている来館者の目にとまるような色味や文字の大きさを工夫しているのだそう。

 

さらに、図書館特有のニーズとして、情報の差し替え頻度が高いことがあるため、予めそれを前提に情報設計をしたと語っています。

本棚が建物の構造だった!

ところで、1954年に開館した前川國男設計の神奈川県立図書館は、2021年8月に神奈川県指定重要文化財(建造物)に指定されました。2022年9月現在休館中。改修後は再び図書館としてオープン予定です。

 

外観で特徴的な有孔レンガブロック(ホローブリック)やプレキャストコンクリートルーバーは、本を傷める直射日光を避けつつも開放感ある空間を実現しています。

実は、この柱の少ないように見える建築の秘密は、建物の中心を占める閉架書庫スペースの本棚の柱が基礎から上階までを貫通し建物の構造を兼ねている点にあるのだそうです。

 

このたび特別に入場が許可されたのでここに紹介致します。

新しい本館も前川國男建築を踏襲

このたびオープンした神奈川県立図書館本館は、奥野設計の石井秀明さんによってこうした前川建築のエッセンスを抽出し、連続性が配慮されています。

音楽堂との連続性、図書館としての活動が外からも見える構造、軽やかさを意識した構造やサッシ、直射日光を避ける仕組み、読書に集中できる環境、L型の縁側空間などなど、「王道」「本と向き合う空間」を意識した要素がふんだんに盛り込まれています。

 

(取材・旧本館写真・文:遠藤、 写真:DAISUKE SHIMA)

 

[施設情報]

神奈川県立図書館 本館

横浜市西区紅葉ケ丘44

 

建築意匠設計:石井秀明(奥野設計) 

ロゴマーク・サイン計画:木住野彰悟(6D) 

家具計画・編集:松澤剛(E&Y)

家具デザイン:中坊壮介(Sosuke Nakabo Design Office)、二俣公一(KOICHI FUTATSUMATA STUDIO)

マニファクチャー:E&Y Co.,ltd、株式会社天童木工

監修:幅允孝(神奈川県教育委員会顧問/BACH)