内にある不安や怒り、衝動に気づきコントロールすることが身を守る最大の武器──『ぼくたちの哲学教室』

『ぼくたちの哲学教室』5月27日公開

北アイルランドに実在する小学校の哲学の授業を2年間にわたり記録、第49回日本賞(NHK)の一般向け部門で「最優秀賞(東京都知事賞)」、第18回アイリッシュ映画&テレビアカデミー賞で「最優秀⻑編ドキュメンタリー賞」を受賞した『ぼくたちの哲学教室』が、5月27日(土)よりユーロスペースほか全国で順次ロードショー公開されます。このたび、監督からコメントが届きました。

 © Soilsiú Films, Aisling Productions, Clin dʼoeil films, Zadig Productions,MMXXI

ナーサ・ニ・キアナン監督は次のようにコメントしています。

 

「⻄洋社会では、少年たちの無差別暴力が不穏に広がっています。異なる視点への共感を生み出すことで、コミュニティ間の偏りが減り、『他者』に対する寛容さが増すかもしれません。フェイクニュースの時代には、クリティカルシンキングの重要性が不可欠になっています。私たちは、大勢の人々が自分たちの利益に反する行動を取るように簡単に操られること、間違った人々を権力の座に就かせるように説得されることを目の当たりにしてきました。もし、幼い頃から哲学や批判的思考を教えることが例外ではなく普通になれば、次の世代は人生をうまく切り抜け、より良い選択をすることができるようになるかもしれません。今、人類が直面しているすべての課題、もし私たちが生き残る可能性があるならば、ケヴィンのマントラ『シンク、シンク、レスポンド!(考えて、考えて、答える!)』は、私にとってかなり良い最初のレッスンのように思えるのです」

 

デクラン・マッグラ監督は次のようにコメントしています。

 

「アードイン、そして北アイルランドでは、自殺率が異常に高い状態が続いていて、心理学者によるとこれはおそらく紛争を経験したことが原因だろうと言われています。しかし最も驚くべき事実は、北アイルランド紛争が正式に終結した1998年の停戦宣言以降に生まれた若者の自殺が特に多いということ。科学者たちは、紛争後のトラウマが社会に悪影響を及ぼすだけでなく、そのようなトラウマが世代を超えて受け継がれる可能性があると見ています。生まれる前に両親や祖父母によって行われていた紛争の影響によって、それを直接体験していない子どもたちが、残酷なまでに苦しめられているのです。それは、断ち切ることが困難な、ひどく不公平な苦しみの連鎖なのです。出来上がった映画が教育の力を示し、そして紛争後の社会が過去の束縛から解放され、若い世代が古人の考えを用いて自分たちの未来を作ることができるという希望と、心温まる高揚感のあるものになればと願っています」

「どんな意見にも価値がある」

本作は、アイルランドで最も有名なドキュメンタリー作家の1人であるナーサ・ニ・キアナンと、映画の舞台となったベルファスト出身で⻑年にわたり映画編集者として活躍し、米雑誌「シネアスト」にも定期的に寄稿しているデクラン・マッグラによる共同監督作品です。

 

舞台は、北アイルランド、ベルファストにあるホーリークロス男子小学校。ここでは「哲学」が主要科目になっています。エルヴィス・プレスリーを愛し威厳と愛嬌を兼ね備えたケヴィン校⻑は言います。

 

「どんな意見にも価値がある」

 

彼の教えのもと、子どもたちは異なる立場の意見に耳を傾けながら、自らの思考を整理し、言葉にしていきます。授業に集中できない子や喧嘩を繰り返す子には、先生たちが常に共感を示し、さりげなく対話を持ちかけます。自らの内にある不安や怒り、衝動に気づき、コントロールすることが、生徒たちの身を守る何よりの武器となるとケヴィン校⻑は知っているからです。かつて暴力で問題解決を図ってきた後悔と挫折から、新たな憎しみの連鎖を生み出さないために彼が導き出した1つの答えが、哲学の授業なのです。

 

北アイルランド紛争によりプロテスタントとカトリックの対立が⻑く続いたベルファストの街には、「平和の壁」と呼ばれる分離壁が存在します。1998年のベルファスト合意以降、大まかには平和が維持されているものの、一部の武装化した組織が今なお存在し若者を勧誘しています。争いの記憶は薄れやすく、平和を維持するのは簡単ではないのです。

 

その困難は、ケヴィン校⻑と生徒たちの対話の端々にも現れます。宗教的、政治的対立の記憶と分断が残る街で、哲学的思考と対話による問題解決を探るケヴィン校⻑の大いなる挑戦を映画化したのは、アイルランドで最も有名なドキュメンタリー作家のナーサ・ニ・キアナンと、ベルファスト出身のデクラン・マッグラの二人でした。

 

およそ2年に及ぶ撮影期間中にパンデミックが起こり、インターネット上のトラブルという新たな問題が表面化するなど、子どもをめぐる環境の変化も捉えています。

 

ケヴィン校⻑と生徒たちによる微笑ましくも厳粛な対話は、ニコラ・フィリベール『ぼくの好きな先生』を彷彿とさせ、国内外の映画祭で多くの賞を受賞しました。

 

『ぼくたちの哲学教室』は、5月27日(土)よりユーロスペースほか全国で順次ロードショー公開。

 

[作品情報]

『ぼくたちの哲学教室』

原題:『Young Plato』

監督:ナーサ・ニ・キアナン、デクラン・マッグラ 

出演:ケヴィン・マカリーヴィーとホーリークロス男子小学校の子どもたち

日本語字幕:吉田ひなこ 

字幕監修:⻄山渓 

後援:駐日アイルランド大使館/ブリティッシュ・カウンシル 

推薦:カトリック中央協議会広報 

配給:doodler 

配給宣伝協力:エスパース・サロウ 

宣伝:リガード

2022/アイルランド・イギリス・ベルギー・フランス/英語/102 分/カラー/16:9/5.1ch/ドキュメンタリー

 © Soilsiú Films, Aisling Productions, Clin dʼoeil films, Zadig Productions,MMXXI