「これから生きて、そして死んでいっても安心できる感じがしました」『プロミスト・ランド』公開記念、「YOIHI PROJECT」と東京大学「One Earth Guardians育成プログラム」共同企画トークイベント

『プロミスト・ランド』6月29日公開

日本のみならず韓国でも評判を呼んだ黒木華主演・阪本順治監督『せかいのおきく』を手掛けた原田満生の「YOIHI PROJECT」。その第2弾と新作映画『プロミスト・ランド』が、6月14日(金)MOVIE ONやまがた、鶴岡まちなかキネマにて先行公開、6月29日(土)ユーロスペースほか全国順次公開されます。公開に先立ち、東京大学「One Earth Guardians育成プログラム」との共同企画トークイベントが開催されました。

現代のマタギの世界を描いた『プロミスト・ランド』の撮影地である山形県鶴岡市大鳥地域は、かつて 鉱山で栄えた歴史を持ち、日本でも数少ないマタギ文化が継承されている土地。そこにこの4月、One Earth Guardiansの学生4名が訪れ、熊撃ちに同行し地元の人びとと交流し、その体験で感じたことを、本作でマタギ監修を務めた大鳥在住のマタギ・田口比呂貴さんと、『プロミスト・ランド』の飯島将史監督を交えて語りました。

 

本作が⻑編デビュー作となる飯島監督は「本作を作るために2年半現地に通って取材しました。今、情報は簡単に手に入りますが、実際に足を運び体験すると、全く想像と違い、新たな発見があると身をもって知りました。そういうことを学生たちと一緒に体験出来たらいいなと思いました」と今回の企画の発起人が自身であることを明かしました。

 

本作のマタギ監修を含めマタギ体験企画にも協力した田口は、実は2013年に地域おこし協力隊として大阪から大鳥にやってきた移住者。大鳥地域の概要を説明したのち、本作比関わることになったいきさつを話しました。

 

「僕が移住した時、『ここに住むなら鉄砲をやらなきゃだめだ』と言われて鉄砲を持つことになりました。(『プロミスト・ランド』の撮影に関わることになったのは狩猟文化研究所代表の田口洋美からの紹介で、飯島監督の第一印象は)ちょっと怖かった(笑)、でも瞳の奥に眠るものに惹かれた」

「マタギ体験」に参加した学生は、田中美羽(⻘山学院大学 学部2年・Good Life on Earthプログラム2期生)、津旨まい(東京大学大学院農学生命科学研究科 修士課程2年・One Earth Guardians 4期生)、中川俊明(東京大学農学部 学部4年・One Earth Guardians 6期生)、志賀智寛さん(東京大学大学院農学生命科学研究科 修士課程2年・One Earth Guardians 5期生)の4名。

 

田中は、自身がフィルムで撮影した写真を見せながら熊撃ち体験時の人員配置など熊撃ちがチームで行われることを解説。

 

「大鳥の方々と自然と触れ合っているとき、何か自分の心の中の範囲がすごく広がっていくように感じました。大鳥の人々は昔と未来という縦のつながり、共同体の人々という横のつながりも持っていて、そのどちらにも自然が属している。東京では、自分は自分の中にしかいない、ひとりきりだと思っていたのですが、色々なものが自分とつながっていてひとりじゃないと思うようになりました。自分がこれから生きて、そして死んでいっても安心できる感じがしました」

普段水産分野で環境問題を研究しているという津旨も、今回の体験について瑞々しい感想を語ります。

 

「東京で環境問題を考えるとき、自分の使っているものがどれだけ環境に負荷を与えているかという話はよく言われること。でも、実際に誰が、どこで作っているのかなど、具体的なことが分からないまま、ただ消費の場に生きていている自分の生活基盤が、すごく不安定なものだと感じていました。今回実際現場に行ってみると、もちろんすべてを自分たちの手でつくるというわけではありませんが、山菜を採ったり、熊を狩ったり、自分の生活をする土台が山にあることがわかり、とても安心感を抱けました」

中川が一番印象的だったのは、狩った熊を食べたときのことだそう。

 

「食べるだけではなくて、狩って、捌いて、いただくまでの解体の過程がとても興味深い経験でした。(解体されていく様子の写真を見せ)“生き物”だったものが解体され、肉の塊になって、“食べ物”になる過程を見たわけですが、一体自分がどの過程で“おいしそう”と認識するのかが興味深かった。スーパーで肉を買って食べるだけでは得られない体験と感覚でした」

志賀は、大鳥の人々がなぜ狩りに行くのかに疑問を持ち今回の企画に参加したそうで、マタギの田口に疑問を投げかけると、次のように応えました。

 

 「行きたいから、行くんです(笑)。たてつけ上は有害鳥獣捕獲。一応ツキノワグマやヒグマも狩猟鳥獣ではあるのですが、一応制限をして個体数調整をしている。ある程度自治体で頭数の把握はしているんだけれども、 完全な把握はできていなくて、やはり去年みたいに里に下りてくることが増えると駆除をしてくださいと言われることが増えるので要請に応じてやっていますが、行きたいから行っているのではないかな。僕も最初、志賀さんと同じ疑問を持った」

自身も大阪出身である田口は、さらに次のように続けます。

 

「過去には熊の毛皮などが非常に高価で取引された時代がありましたが、薬事法だとか様々なことで流通の過程で需要がなくなってしまって、今は全くと言っていいほどお金にはならない。でもマタギは生き続けている。それはやはり、行きたくて行っているんだと思います。みんなで行って、みんなで捕って、みんなで楽しい。楽しいというか、すばらしい。厳しい山の中に入っていって、そこで熊を捕ることをやりたい。そういうシンプルな気持ちがあると思います」

 

その返答を受け志賀は次のように分析しました。

 

 「山に入っていくこと自体に自然との対話みたいなものがあるのではないかなと思いました。実際山に入ってみると、自分がすごくちっぽけな存在に思えるというか。今回捕った熊は30キロぐらいあるのですが、山中で見つけた時にはすごく小さく見えて。それぐらい山の大きさを感じました。訪問3日目に登山をしたのですが、午前中ずっと登ったのに地図で見るとほんの少しだったんです。やはり自然の中で人間ってすごくちっぽけな存在なんだなということを自分の体で感じることができました。大鳥の方々は山に行くこと、熊を狩ることなど、自然との交流を通して、山には敵わないという感覚を持つのではないかと思っています。その上で、自分が山とどう向き合っていくのか、集落としてどう暮らしていくのかといったところの感覚を得られるのは、山に入るからこそではないかと、外から来た人間としては感じました。田口さんがおっしゃる通り、行きたいから行っていて、それが結果的にこういう精神性になって、山と向き合う感覚というのが出来上がるのではないかと思います」

「一人ひとりの人間の生活があるんだ」

飯島監督から、今回の体験を通じて自身に変化があったかと聞かれ、4人は次のようにコメントしています。

 

田中は「故郷がひとつ増えたなという感覚があります。大鳥のこと、お世話になったマタギ親方の工藤悦夫さんのことをよく思い出して、心強いんです」と笑顔。

 

津旨は「私が一番変わったのは自分の考え方の心構えです。以前は科学的に環境負荷が少ないのはどういうことか、一般的に限界集落と言われるようなところがどうなることが最適解なのか、みたいな考え方をしていたんですけれど、その中にさらに一人ひとりの人間の生活があるんだということを意識 しないといけないなと思うようになりました。それはYOIHI PROJECTとコラボしたからこその自分の変化だったと思っています」と今回の企画への感謝を述べた。

 

中川は「少し俗なことを言えば、東京って便利だなということをすごく思いますね。なんでもすぐ手に入りますし、手間はない。でも、その楽になった時間で何かできることはないのかなと考えたりするようになりました。まだ1か月しか経っていないのですが、時々ふっと大鳥のことを思い出して、何か自分の中で大事な何かを置いていってしまったような感覚があるというか。何かやばいところに行ってしまった、また行きたいなという気持ちがありますね」と不思議な感覚を表現しました。

 

志賀は「お肉を食べるときに『熊肉おいしかったな』とよく思い出します。大鳥は田舎の中でも特に田舎のイメージで、もちろん車もあるし、電波も通じるけれども、暮らしが圧倒的に自然に近いなという感覚があって、その違いと特性を認識できるようになったのは大きな変化でした」と話した。

 

一方でマタギの田口は現実も口にする。

 

「あまり田舎を美化しなくてもいいかなとは思います。環境負荷があまりなく、優しい生活を皆さん営んでいるというイメージは虚像の部分もあるので。ただ自分たちが生活している空間は、自分の自宅、私有地のみではなく、生産の場である田んぼや畑、山など全部包括した中で生活の場としているので、生活の地盤の範囲が広いですね。毎年春にはごみゼロ運動といって自治会主導でみなでゴミを拾う。神社とか公⺠館というのは自治会所属のみんなのものという意識があって、共有の山という ものもある。みな共同で管理するというシステムが⻑くあったのですが、それが高齢化によってなかなか難しくなっていて、山道が荒れたりという現実はあり、過渡期には来ているのかなと思いますね」

田中が自作の詩を読み上げる
田中が自作の詩を読み上げる

原田満生と五十嵐圭日子が語る「継承」

後半は、YOIHI PROJECT代表・原田満生と、One Earth Guardians育成プログラムの発起人のひとり東京大学・五十嵐圭日子教授の特別対談が行われました。

 

ふたりは、バイオエコノミーを一般の人に伝えようとしてスタートしたというYOIHI PROJECTとOne Earth Guardiansとの出会いから振り返り、『せかいのおきく』がキネマ旬報ベスト・テン日本映画第1位など大きな反響を受けたことを「どうせダメじゃんといわれていたが・・・」と嬉しそうに振り返ります。

 

「『プロミスト・ランド』という作品がなければ、この初々しい学生さんたちが田口さんや大鳥の方々と出会うこともなかったかもしれない。こういった経験が『継承』につながるのではないか。継承して欲しいと言われるけれど、後ろ姿を見て学べというのはムリ。田口さんのようにいわば外から来た人たちが承継している」と原田が感慨深く述べました。

 

五十嵐教授は「『プロミスト・ランド』は若い世代が作り、若い方たちがマタギ文化に象徴される“命をいただく”という感覚を持って貰うところにつながっていくかどうかが鍵であり、面白いところではないかと思っています。楽しみですね」と期待を寄せると、「『せかいのおきく』のときもいいましたが、『プロミスト・ランド』はヒットしません」と原田が述べ、笑いを誘っていました。

YOIHI PROJECTとは

美術監督・原田満生が発起人となり、気鋭の日本映画製作チームと世界の自然科学研究者が連携して、 様々な『良い日』に生きる人々の物語を「映画」で伝えるプロジェクト。

 

劇場映画第1弾『せかいのおきく』は江戶時代の循環型社会をテーマにしながら、人と人のぬくもりといのちの巡りを瑞々しく描いた至高の⻘春エンタテインメントとして高い評価を受け、第78回毎日映画コンクール 日本 映画大賞など数々の映画賞を受賞しました。

 

https://yoihi-project.com/

東京大学 One Earth Guardians育成プログラムとは

2017年より東京大学大学院農学生命科学研究科にて開始。“100年後も地球上のあらゆるものと共生しながら生きていける世界”を実現するべく、さまざまなステークホルダーを巻き込みながら課題解決のために行動し、新しい価値を創造できる科学者たち「One Earth Guardians=地球医」の育成を目指す教育・研究プログラムです。

 

https://www.one-earth-g.a.u-tokyo.ac.jp/

 

2022年からは、一般財団法人トヨタ・モビリティ基金と共同で「Good Life on Earthプログラム」も実施。「”好き”を伸ばして地球を救う 共に学び合うフィールド」として、高校生・大学1〜2年生を対象に、自身が夢中になれる“何か”を切り口に地球の未来につながるアイデアの実現を支援しています。 

 

https://www.one-earth-g.a.u-tokyo.ac.jp/gle/

 

One Earth Guardians育成プログラム発起人のひとり五十嵐圭日子教授は「YOIHI PROJECT」のプロジェクト・フェローも務め、両者のコラボレーションによる教育や発信を行っています。

伝統文化の継承をテーマに若者たちの葛藤を描く

本作品は、作家・飯嶋和一が1983年に発表した小説「プロミスト・ランド」を映画化し、東北地方を舞台に禁じられた熊狩りに挑む2人の若者を描いたドラマ。

 

自然と共に生きるマタギの文化をテーマに、消えつつある伝統文化の継承を2人の若者の物語を通して描いています。

 

『プロミスト・ランド』は、6月14日(金)MOVIE ONやまがた、鶴岡まちなかキネマにて先行公開、6月29日(土) ユーロスペースほか全国順次公開。

 

[作品情報]

『プロミスト・ランド』

脚本・監督:飯島将史 

原作:飯嶋和一「プロミスト・ランド」(小学館文庫「汝ふたたび故郷へ帰れず」収載) 

製作:FANTASIA Inc. / YOIHI PROJECT

制作プロダクション:ACCA /スタジオブルー 

配給:マジックアワー/リトルモア 

©️飯嶋和一/小学館/FANTASIA

https://www.promisedland-movie.jp/