三島由紀夫との共通点、愛国のメカニズムも『リモノフ』トークイベント

『リモノフ』9月5日公開

20 世紀後半に実在した悪名高いカリスマ革命家リモノフの愛と破滅を描く『リモノフ』が、9 月 5 日(金)より公開。公開に先立ちユーロスペースでの試写会上映後、映画評論家の森直人が奥浜レイラとトークショーを行いました。

イベントでは、登壇した森が開口一番「かなりエネルギッシュなので、お疲れになったかもしれませんね(笑)。大変おもしろい映画であると同時に噛み砕きがいがある作品ですね」と話すと、会場からは同意を示すかのように笑いが起こりました。

 

本作の監督であるキリル・セレブレンニコフの大ファンだという森は、旧ソ連時代、レニングラードに実在した伝説のロックバンド「キノ」をモデルにセレブレンニコフ監督が手がけた青春映画『LETO レト』(18)のタイトルを挙げ、「監督は 1969 年生まれ。旧ソ連時代の 1980 年代、当時は西側の文化が統制されていたので、地下流通されていたイギリスやアメリカのロックに感化され影響された人で、今回も(『LEO レト』と)つながっていると思います。監督にとって初の英語作品で、しかも英国出身のスター俳優、ベン・ウィショーが主演という国際的な作品ですけど、結果的にロシアの映画作家としてのセレブレンニコフの一つの区切りというか、集大成的な 1 本になっていると思うし、セレブレンニコフ監督の入門編としても良いと思います」と、日本でもその作

家性で1作ごとに人気を高めているキリル・セレブレンニコフの監督最新作としても本作を高く評価しました。

 

奥浜が、「キリル・セレブレンニコフ監督はこの作品について、『リモノフ』という冠を謳っているけれども、彼本人をそのまま描いた伝記映画ではないことを強調していますよね」と振ると、森は「あくまでエマニュエール・キャレールが書いた原作本を映画化したフィクションだと。監督が『(リモノフは)ロシアの『ジョーカー』のようなものだ』と言っているように、アンチヒーローなんですね。ロシアを内面化した人物、ロシアのある断面そのものを象徴、体現したキャラクターだと思います。ヒーロー志願の道化というか・・・結構イタいじゃないですか」とキャレールが描いたキャラクター“リモノフ”の“イタさ”にふれると、奥浜が「(恋人となる)エレナを略奪するために、家の前でリストカットしたりするし、ちょっとイタさもあれば危ういな・・・と。」と同意すると、「言うなればリモノフはずっと『逆張り』を続けているような存在。この映画は 1989 年に軸をおいて、1969 年から 2003 年までの、20 代から 60 代のリモノフを描いています。最初はまさにロシアンパンクそのものの反逆児で、ロシアを飛び出て西側である 70 年代のニューヨークへ行き、いろんな紆余曲折があって、フランスで作家として成功するわけです。ところが、1989 年にソ連が崩壊すると、西側が旧ソ連の悪口ばっかり言うものだから、逆に愛国心が湧いてきて、ネオユーラシア主義といって偉大なロシアの復活を唱える「国家ボリシェヴィキ党」を創設するという流れに入っていく。このリモノフの道行きというのが、現在に至るロシアの道行きと、まさに重なっているのではないか、というのがセレブレンニコフ監督の基本的な見立てだと思います」と解説。

 

さらに「プーチンが初当選した 2000 年あたりまでは、リモノフはロシアそのものだったという描き方をしている」と言う森に、「それまでは反体制的な考え方であったのに…」と奥浜が合いの手を入れると「彼は、論理的に一貫していない、矛盾だらけの存在です。なぜ愛国に傾いたかはかなり克明に描かれていて、行動原理を見ていると分かるんですが、彼は情動と衝動、理屈というより気分で動いていくタイプで、だから政治的図式みたいなものも反転に反転を繰り返して、ぐちゃぐちゃになっていく」と解説します。

 

そして話題は、そんな破天荒なリモノフに扮したベン・ウィショーの熱演に。

 

「ベン・ウィショーが素晴らしい。リモノフの危うさをいい意味でさらに加速させている。作品の“芯”を理解して演じていらっしゃると思います。」と森の言葉に、奥浜も「監督がインタビューで、ベン・ウィショーさん自身はとても良い人で人格者で、リモノフとは全然違う性格だからこそ、この両義性というか、いろんな側面があるという描き方ができたんじゃないかという話もしてましたね」と回答します。

 

ちなみに、『007』シリーズの Q 役や『ウーマン・トーキング 私たちの選択』、『パディントン』シリーズで主人公のクマ、パディントンの声を担当するなど、作品選びにも定評がある演技派ベン・ウィショーは、今回の『リモノフ』への出演について、「私自身、人生においても仕事においてもリスクを取って実験的なことをしてみたい、結果が見えない分野の仕事をしてみたいと感じている時期でもあった。キリル・セレブレンニコフの手にゆだねれば間違いないと感じた。彼の作品の大ファンなんだ。きっとすごく面白くなると感じたし、実際そうなったよ!」とインタビューで語っています。

 

トーク終盤、「森さんは、この人物の描き方をどう感じていましたか?」との奥浜の問いに、森は、前作『チャイコフスキーの妻』(22)の日本公開時、2024年にオンラインでセレブレンニコフ監督にインタビューをした時のことに触れ、「その時『リモノフ』のことも少しお話したんですけど、リモノフは三島由紀夫の影響をすごく受けているんです。実は、セレブレンニコフ監督も日本にちょいちょい来ていて、『三島詣で』みたいなことをやっていて(笑)、三島が大好きだそうです。リモノフに対しても一時ちょっとハマって、党の機関紙『リモンカ』を読んでいた時期もあったそうです」と、リモノフとセレブレンニコフ監督が

ともに三島由紀夫に影響を受けていると言及し、会場からは驚きの声があがりました。

 

さらに、「劇中で『三島に憧れているなら、おめでとう。君は我が党の一員だ』というシーンもありますよね。あそこで、それまでずっとヒーローになりたがってた彼が、かなりおじさんになってから遅咲きで“ロックスター”になれた。あの高揚感すごいですよね。“プチ・カリスマ”になっちゃった時の嬉しそうな感じとか、扇動的なことを言ったりとか。あれはもう理屈を超えたテンションなんでしょうね、政治のテンション」と、ヒーローに憧れていたリモノフがカリスマ化していく描写について森が言及すると、奥浜も「カリスマ性だったり異端者であったり、なんか今の時代にも見たことあるな……みたいな。そういう熱狂の起こし方なんですね」と納得するように首肯。

 

続けて、森の「今、世界的に右傾化と言われていますけど、この映画が鋭いなと思うのは、『なぜ人は愛国に転ぶのか?』という愛国のメカニズムをかなり正確に描いていること。理屈というより、情動的な部分が大きくて、怒りとか根っこにある疎外感、それがどう転倒するのかが描かれていると思います」という言葉に、会場にいた観客たちも大きく頷いていました。

 

そして、試写会後の口コミでは「ウィショーの代表作!」「映像表現が非常に印象的」「凄まじいエネルギーの映画」「今、上映される意味を感じる映画」と肯定的なレビューがある一方、「破天荒で全く共感できなかった」「リモノフヤバい」「どうかしている」「映画としては最高のキャラだが、実際には関わると危険」など、賛否がわかれました。

 

エドワルド・リモノフとは?

1943-2020、ウクライナ出身。

 

作家活動中の 20 代にソ連への反体制活動で国外追放処分を受け、アメリカに亡命後ヨーロッパへ。ソ連崩壊の 1991 年にモスクワへ戻り、 1993年国家ボリシェビキ党を共同設立し、反プーチン・反統一ロシア党を掲げ活動していたが 2020 年に死亡。詩人、作家、反体制派、亡命者、執事、ホームレス、兵士、活動家、革命家、といくつもの顔を持っています。

 

『リモノフ』は9月5日(金)より全国公開。

 

[作品情報]

『リモノフ』

原題:LIMONOV.THE BALLAD

主演 ベン・ウィショー 

監督 キリル・セレブレンニコフ 

原作 エマニュエル・キャレール

2024 年|イタリア・フランス・スペイン|133 分|5.1ch|シネマスコープ|英語・露語・仏語|R15+|字幕翻訳:北村広子

提供:クロックワークス、プルーク

配給:クロックワークス

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