『チャック・ベリー ブラウン・アイド・ハンサム・マン』公開中
「ロックの父」チャック・ベリーが2026年に生誕100周年となるのを記念し『チャック・ベリー ブラウン・アイド・ハンサム・マン』が、全国順次公開中。1月17日(土)初日、新宿 K’s cinemaでは、音楽評論家・音楽制作者の高橋健太郎、音楽ライター・翻訳家の朝日順子によるトークショーが開催されました。
「初めて高橋さんがチャック・ベリーを知ったのはいつ頃ですか?」との朝日が質問すると、高橋は次のように答えました。
「僕は 1956年生まれ。どうしてチャック・べリーを知ったかというと、中学校ぐらいの時に日本の黎明期のような時期にぶつかり、日比谷の野音とか、たくさんバンドが出る今のフェスのようなものがあって、必ず最後に全員で『ジョニー・B・グット』をやるんです、1970 年代初頭かな。それで『ジョニー・B・グッド』という曲を知ったんじゃないかと思っています。それがチャック・ベリーの曲だと認識されていたか否かわからないけれど、フェスの最後はこの曲、という時代で、全員がソロを回すという感じでしたね。なぜこれをやるのか、その時は疑問でした。音楽的に注目したのは、ビーチ・ボーイズのギターの元がチャック・ベリーじゃないか?と知ったのが高校生ぐらいじゃないかな。1970 年代の頭。『アメリカン・グラフィティ』という映画があって、オールディーズを聞かなきゃとなって、その一つとしてチャック・ベリーも知りました。更に存在を意識したのはもっと後で、チャック・ベリーのギターを意識したのは、たとえば鮎川誠さんを見たり、こういうギターの元はチャック・ベリーだなと判ったのは 1970 年代後半になってからかもしれないです」
「そういう時にチャック・ベリーのレコードを買おうと思ったら、日本では買えたんですか?」という問いには次のように答えました。
「2 枚組のピンク色のベスト版っぽいものを買いました。自分でもコピーしました。これが弾けないと恥ずかしいというのがあって。ようや
く皆なぜ『ジョニー・B・グッド』をやっていたのかというのが、10 年ぐらい経って判ったんです」
「70 年代には基礎として皆さん触れていたのが、その後日本におけるチャック・ベリーというのは、どう変わるんですか?」問われると、高橋は次のように答えました。
「チャック・ベリーという人は変な人で、日本にも来るけれど日本のミュージシャンを集めてやっているし。特別な存在過ぎて、系譜の中に入れられないまま来ているような気がするんです。今回パンフレットに『チャック・ベリーのどこがすごいか』という文章を書かせて頂いています。ソングライターとして、ギタリストとして、書いたんですが、、、今日、朝日さんとお話できるということで、逆にもっとお話を聞きたくて。セントルイス出身で、セントルイスに住んでいらっしゃった、家が近くだったと聞いてます」
逆に振られた朝日は次のようにコメントしています。
「小学校の通学路にチャック・ベリーの家がありました。チャック・
ベリーって、成功した後は郊外に大きな家を持つんですが、ずっとわりとダウンタウンから外れた市内に転々としていて。私の通学路にあったのは、まだ貧しかった頃の新婚時代のチャック・ベリーが叔父さんの家を間借りしていて、それが通学路にありました」
それを受け高橋は次のように発言。
「実はセントルイスという町にとても興味があって。アメリカ音楽の重要な都市ってたくさんあって、たとえばニューオリンズとかメンフィスとかニューヨーク、ロサンゼルスとか。セントルイスは小さい町の割に実はすごく重要な場所で、アフロアメリカの音楽で一番最初にポピュラーになったのは『ラグタイム』と呼ばれるスコット・ジョプリンなんかの、あれはセントルイス発祥なんですよね。ニューオリンズよりセントルイスの方が早いんですよ。チャック・ベリーもセントルイス、マイルス・デイヴィスもほとんどセントルイス、ちょっと北のオーランド出身。マイルス・デイヴィスも 1926 年で生誕 100 年。チャック・ベリーとマイルス・デイヴィスがとても近いところから出ているのも、なんか不思議なんです。大きな音楽ムーブメントがある町ではないのに、すごい重要人物が出ています」
それを受けて朝日は次のようにコメント。
「黒人の人たちが南部から上がってきて、大きなミシシッピー河があり、鉄道の拠点もあるので、シカゴ、ニューヨーク、カリフォルニアに行くにはルート66があるので、拠点の町で、文化がすごく栄えました。ただ私の住んでいた 70 年代もそうなんですが、黒人と白人が完全に分かれていた土地で、ジム・クロウ法が無くなる前に、黒人は黒人同志のビジネスが成り立っていて、黒人が黒人を雇うっていうことで、お金持ちの黒人がセントルイスのエリアに住んでいて、そこでチャック・ベリーも生まれ育っています。ティナ・ターナーも南部出身ですが、お母さんを頼ってセントルイスに引っ越してきて、チャック・ベリーもティナ・ターナーも同じ高校だったのです。全然時代は違いますが」
「それは裕福な方だったんですよね?」という高橋の問いに、朝日は次のようにコメント。
「そうです。黒人のための名門校に 2 人とも通っていました。ミーズリ州のセントルイスと、イリノイ州のイーストセントルイスというのがあって、ミシシッピー河をはさんで対岸にあるんですが、アイク・ターナーはイーストセントルイスにクラブを持っていて、そこで成功していて、河を挟んで、チャック・ベリー対アイク・ターナーというしのぎを削っている時に、ティナ・ターナーが加わって。2 人ともセントルイスで人種の壁を打ち破ったというか、白人の人たちが見に来たりしていました。中西部なのですが、南部っぽい香りのする町でした。だからカントリーとブルースが混ざるような…」
高橋は次のように応じます。
「全部が通過しているからですね。だからチャック・ベリーもお姉さんはクラシックのピアノを弾いていて、少し裕福な家なんですよね。チャック自身はすごくカントリーをラジオで一生懸命に聞いていたというか。チェスからデビューしているけど、労働者階級の黒人音楽をやっていた、というのとは違うんですよね」
すると朝日も同調。
「シカゴもルート 66 を通って近いんですよね、だからチャックもマディ・ウォーターズを頼ってシカゴでデビューできたんですけど。チャック・ベリーって亡くなるまで、ブルーベリー・ヒルというクラブに毎月出演していたんですが、そばに住んでいました。そこがまさに、黒人居留地区と、白人地区の境目にあったんです。デルマーブルバードという、そこにも住んでいました。白人と黒人の境界に住んで、亡くなるまで出演していたのは、すごく象徴的だと思います」
高橋が「カントリーソングから学んでいて、白人の子供たちが何を欲しているのかをいち早くつかんだんですよね」と言えば、朝日は「そうなんですよ。お父さんの手伝いで白人の住んでいる家庭を訪れていたみたいで、白人が何の音楽をきいているのか知ったみたいです。私がいた時も、白人と黒人と聞いている音楽が全然違いました。そこで生まれるべくして生まれる音楽ってあるんだなと思いました」と応じます。
高橋は次のようにコメントしています。
「チャック・ベリーはロックンロールの代表みたいな人だけど、意外にコミュニティから浮いちゃってる人で、バンドも持たない。第 2 のチャ
ック・ベリーみたいな人がいない人だった。マイルス・デイヴィスもセントルイス郊外のちょっと裕福な家で育っていて、そのへんがおもしろいと思います。最後までどこにも属さなかったひとり」
「似たような曲というか、リフが多いじゃないですか?それはどういう理由があるんでしょうか?自分で同じような曲を作り続けるというのは、伝統的な部分から来ているんでしょうか?」と朝日が問いかけると、高橋は、「チャック・ベリーのは、ブルースシーンといかデルタ・ブルースのシーンとかニューオリンズのシーンとか、どこにも属さない。T・ボーン・ウォーカーに一番影響を受けているのだと思うんだけど、結局は一人で発明したリフが多いんだと思う。そのリフをマネする人はものすごく多い。ビーチ・ボーイズも、ビートルズ、ストーンズ、ジミ・ヘンドリックスも同じチャック・ベリーのリフを弾くんだから。インフルエンサーとしてはすごいインフルエンサー。じゃあチャック・ベリーは(系譜の)どこに置いたらいいの?と聞かれたら、全然わからない」
朝日がチャック・ベリーの曲について答えました。
「『プロミスト・ランド』です。60 年代の曲で全盛期を過ぎてるんですが。あれが意外と公民権運動の話とか盛り込んでいますよね。獄中で地図広げて書いた歌詞です。獄中で会計士の資格を取ったりするすごく頭の良い人で。刑務所を出た後を見据えて、地図を広げていた。ご当地ソングとか、アメリカ人は喜ぶので、それで作った曲に、さりげなくわからないように、公民権運動にかかわりのある地名をいくつも入れている。スウィーツ・チャリオットという公民権運動時代に流行った黒人霊歌の曲名を入れたりとかしていて、チャック・ベリーすごいと思ったりしています。高橋さんのお好きな曲は?」
高橋は、「僕は『メンフィス』という曲です。最初はフェイシスか何かで知ったのかな、ロッド・スチュワートが歌っている。ものすごく単純な曲なんです。コードは2つ。でも変な曲で、ブルースのような変形で。スリーコードは 1度と 4 度と 5 度、で 1 から始まって、4にいって、1 に戻って、5,4,1となるのがロックンロールなんだけど、『メンフィス』は、最初から5で延々5、時々1に入って、延々5。5が最初から続くから1に聞こえる。最後に違ったと思う。12 小節の中でコード2つしかないのに、変調したような変な曲なんです。それを最初に聞いたのは高校生の時なんだけど、何なんだろうと思ったけど、それがずっと好きですね。チャック・ベリーしかこんな変なことはやらない、そんな気がする」と言えば、朝日も「なんだか癖になりますよね」と共感。チャック・ベリーという特別な存在のすごさを感じながら、和やかで興味深いトークは続き、終了しました。
本人のほか、彼を慕うアーティストも多数登場
本作は、ベリー本人のインタビューやパフォーマンスはもちろん、ビートルズ、ローリング・ストーンズ、ジミ・ヘンドリックス、キース・リチャーズ、ポール・マッカートニー、ブルース・スプリングスティーン、トム・ペティ、ジェフ・リンなどのロック・レジェンドたちによる彼の楽曲のカバーで構成され、「カラーパープル」「リーサル・ウェポン」シリーズ等で知られる名優ダニー・グローヴァーがナレーションを担当しています。
冒頭、90歳で亡くなったベリーを追悼するナレーションに続き、さまざまなレジェンドたちがベリーの天才ぶりを以下のように讃えます。「寂しいよチャック、安らかに」バラク・オバマ、「大きな光が消えた」キース・リチャーズ、「その詩、情熱、そして影響力に感謝」キース・アーバン、「あなたの音楽は俺たちの中に永久に刻まれている」ミック・ジャガー、「偉大で純粋なロック作曲者」ブルース・スプリングスティーン、「俺たち皆の原点」レニー・クラヴィッツ、「ロックの父が逝った」アリス・クーパー。
『チャック・ベリー ブラウン・アイド・ハンサム・マン』は、1月16日(金)より角川シネマ有楽町、UPLINK 吉祥寺、新宿 K’s cinema 他にて、公開中。
[作品情報]
『チャック・ベリー ブラウン・アイド・ハンサム・マン』
原題:Chack Berry BROWN EYED HANDSOME MAN
出演:チャック・ベリー キース・リチャーズ ロバート・クレイ エリック・クラプトン ローリング・ストーンズ ビートルズ ジミ・ヘンドリックス リンダ・ロンシュタット ビリー・キングズレー&ロッキン・ホース ブルース・スプリングスティーン エレクトリック・ライト・オーケストラ(ELO) トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズ ポール・マッカートニー
監督:ロン・ワイズナー/チャック・サイモン/リチャード・フース
2020 年/アメリカ/英語/55分/16:9/5.1ch/
字幕:福永詩乃
配給:オンリー・ハーツ 35th anniversary 3
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