松尾潔、「過去は変えられないけど、過去の“意味”は変えられる」『ティル』トークセッション

『ティル』12月15日公開

1955年8月28日に、アメリカ合衆国ミシシッピ州マネーで起きた「エメット・ティル殺害事件」。アフリカ系アメリカ人による公⺠権運動を大きく前進させるきっかけとなったこの事件をもとに初めて劇映画化された『ティル』が12月15日(金)より日本公開。このたび、音楽プロデューサー松尾潔と映画ライターISOによるトークセッションが行なわれました。

松尾は冒頭、「いままで十分な知識がなかったんだと目を開かせてくれるような映画でした。(史実が)映画になったことで、つまびらかになることがたくさんあると感じましたし、そういう感動や気づき、未来への眼差しをみなさんと共有できたらと思い、やってきました」と挨拶。

 

ISOはSNSで7万人のフォロワーを抱える人気ライターですが、リアルな映画トークイベントに出席するのは初めて。足下はナイキの「エアフォース 1」(黒人差別への抗議を示したことでNFLから事実上追放されたコリン・キャパニック選手をナイキが広告に起用)を履き、次のように語ります。

 

「エメット・ティルの事件自体は、ボブ・ディランの楽曲『The Death of Emmett Till(エメット・ ティルの死)』で知っていましたが、その裏でこんなことがあったんだと改めて知りました。BLMの動きが大きくが広がったいま、作られるべくして作られた、見られるべき作品だと思いました」

 

ISOが本作の魅力として「事件は非常に凄惨なのですが、この映画は焦点を凄惨な部分ではなく、 (エメットの)母親の LOVEの部分に置いている」と指摘すると、松尾も「そこに救いがありますよね」と頷きます。

 

続いて、BLMのきっかけともなったジョージ・フロイド殺害事件で有罪判決を受けて服役中だった白人の元警官が刑務所内で刺されたニュースに触れつつ「そんなことをしても何もならない。ヘイトにヘイトで返しがちなこの時代に、ヘイトにLOVEで立ち向かうというこの作品に救いがあると感銘を受けました」と語ります。

 

松尾も次のように訴えます。

 

「50年代のアメリカの歴史の話ですが、2023年のいま、東京でこの映画を観ることの意味――僕らがいま暮らしているこの時、この場所で、これをどう活かすのか? わかりやすく言うと、この事件は、北部の黒人が、日常の延⻑でやった悪気のない所作、親愛の情を示すためにやったことが、南部では失礼であり不敬罪にあたるとなり、ボタンの掛け違いで悲劇が起こるわけです。似たようなことを我々は起こしちゃいけない。そのためにまず、起こったことから目を背けてなか ったことにしてはいけない。起こったことを認識して、そこから何を学べるのか? 悲劇の連鎖を止めて、悲劇を悲劇で終わらせない。過去を変えることはできないけど、過去の“意味”を変えることはできると、この映画の制作者は言いたいと思うし、エメットのお母さんは、それを実行したということで、非常に勇気づけ、エンパワメントしてくれる」

 

ISOは、BLMをはじめ、差別への抗議活動における、スマホとSNSの普及の影響についても言及。

 

「BLM に限らず、差別問題に関して、スマホとSNSの普及はすごく大きい。差別というのは権力によるものであり、クローズドな場で暴力や差別が行われたら、必ず権力に有利に働いてしまうけど、携帯とSNSの普及でそれができなくなって、差別の抑止力となると同時に、かざすだけで防御になるようになったのはすごく大きい。一方で間違った情報が拡散されることもある。(母親のメイミーが)メディアを使って戦うというのは、現代のBLMと地続きで、現代性がある」

 

松尾もそれに応じます。

 

「大衆の抗議運動が容易になったけど、代償として、真偽の入り乱れたニュースを取捨選択しないといけなくなって、かつてより複雑化している。いつの時代も正しいかどうかジャッジするのは難しい。肌の色で善玉・悪玉みたいな見方をしちゃうかもしれないけど、肌の色がどうであれ、みんな“普通の人”だと思うし、悪人に生まれたわけではなく、環境がそうさせたんだと思う。何が言いたいかというと、立っている場所によ って、正しいか正しくないかは違って見えるということ。僕がひとつのヒントとして提案したいのは、『Right(正しい)と Wrong(間違っている)』、もしくは『Right と Not Right』ではなく、『フェアかアンフェアか?』で見た方が、まだ精度の高いジャッジができるんじゃないかということ」

 

松尾は音楽プロデューサーとして、本作で使われている音楽についても着目。

 

「(グラミー賞受賞ミュージシャンである)ジャズミン・サリヴァンがオリジナルの曲を歌っていて、それを世界No1と言ってもいい引っ張りだこ のプロデューサーD'Mileが手がけています。この映画の音楽は、基本的に当時の音楽が多いんですが、そこに現代と地続きと示すかのように、現代のトップランナーが起用されているわけです」

 

松尾はさらに次のようにコメントしています。

 

「子どもがいない人はいるけど、関係性はともかく、母親がいない人はいないわけで、母というものについて考える映画であると思います。母が子を失うというのは、この世で最もつらいことのひとつですが、その悲しみに直面した時、メイミーはこの悲しみをほかの人に味わわせることをすまいと立ち上がる――そこに胸を打たれるし希望がある。悲しみや憎しみといった、人間の感情にとってなくてもよいものの連鎖、憎しみのリレーみたいなものがあって、いまこの瞬間もそのリレーが続いているかもしれません。でも、それを見過ごし、あきらめるんじゃなく、自分はその最終走者になるという気概で、いままでの歴史を受け止めないといけないと思います。そして新たなリレーの起点となるような行動がとれるといいですね。メイミーはまさに悲しみのラストランナーであり希望 の第一走者になったと思います」

 

ISOもその言葉に深く頷き、黒人差別の問題を扱った本作が日本で劇場公開されることの意義を強調しました。

 

「なかなか ブラックカルチャーの映画って日本では公開されず辛いところがあるので、この映画の公開は本当に希望だと思いますし、どんどん広めていただけたら、次にもつながると思います」

ひとりの母親の行動力が公民権運動を推進

舞台は、1955年、イリノイ州シカゴ。夫が戦死して以来、空軍で唯一の黒人女性職員として働くメイミー・ティル(ダニエル・デッドワイラー)は、一人息子で14歳のエメット:愛称ボボ(ジェイリン・ホール)と平穏な日々を送っていました。

 

しかし、エメットが初めて生まれ故郷を離れ、ミシシッピ州マネーの親戚宅を訪れた際に悲劇は起こります。エメットが飲食雑貨店で白人女性キャロリン(ヘイリー・ベネット)に向けて「口笛を吹いた」ことが白人の怒りを買い、1955年8月28日、彼は白人集団にさらわれ、壮絶なリンチを受けた末に殺されて川に投げ捨てられたのです。

 

我が息子の変わり果てた姿と対面したメイミーは、この陰惨な事件を世に知らしめるため、常識では考えられない大胆な行動を起こします。そんな彼女の姿は多くの黒人たちに勇気を与え、一大センセーションとなって社会を動かす原動力となっていきます…。

 

『ティル』は、12月15日(金)よりTOHOシネマズシャンテほか全国ロードショー。

 

 

[作品情報]

『ティル』

原題『TILL』

製作:ウーピー・ゴールドバーグ(『天使にラブ・ソングを...』)、バーバラ・ブロッコリ(『007』シリーズ)

監督・脚本:シノニエ・チュクウ 

出演:ダニエル・デッドワイラー、ウーピー・ゴールドバーグ、ジェイリン・ホール、ショーン・パトリック・トーマス、ジョン・ダグラス・トン プソン、ヘイリー・ベネット

2022年/アメリカ/シネマスコープ/130分/カラー/英語/5.1ch

字幕翻訳:風間綾平

PG-12

配給:パルコ ユニバーサル映画 

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